煙火の花道
こんな花火作りたい*鉱物編
花火師 黒島のひとりごと
樹木よりも鉱物、
それも水晶のようなものがいっそう偉いのだ。
鉱物に較べると、大方の生物はまるで泡(あぶく)だ、
と私は思ったのです。
稲垣足穂「水晶物語」より
夜空に織りなす花火の煌きを見ると、鉱物の色に対比する。
青はアクアマリン、深紅はルビー、黄色はサルファー、緑はエメラルド・・・。
さながら宝石箱をひっくり返したようだ。
人智のつくり得ぬ色が鉱物にはある。
花火師としてめざしたいものは「翡翠」の緑色と「オパール」の遊色を花火で表現すること。
完成すれば「翡翠」は万葉色、「オパール」は虹色と名づけようか。
そして、夜空に僕だけの標本箱をつくるのだ。
翡翠(ヒスイ)
「沼名川の底なる玉 求めて得し玉かも
拾ひて得し玉かも あたらしき君が 老ゆらく惜しも」
万葉集巻十三
現代語訳:沼名川の底にある玉は、高価な品と交換しても、河底を捜し
まわっても得たい玉。その玉のようなかけがえのないあなたが年老いて
いくのは残念だ。
沼名川は新潟県の姫川のこと。この歌を研究した国文学者と地質学者により
昭和14年ついにヒスイの産地が日本で再発見されました。
この瑞穂の国に、萌えたつような緑の石が産出するなんて偶然でしょうか。
それまで縄文遺跡から発見される「勾玉」はミャンマーから運ばれたとされていました。
緻密で緑色透明な色は古来より愛され、地元の詩人、相馬御風は次の一節を残しています。
「雪晴れの空はヒスイのように青く澄み渡っていた」
この色が花火で表現できたら、といつも姫川で採取したヒスイを手にして思っています。
この宝石はまだ研いだり磨いたりしていないので、
光沢もなければ輝きもないのだよ。
いまのところ石の内にある心の深く埋もれていて光り輝く炎が表に出てこないんだ。
だから叩いて出してやるんだよ。
これ以上隠れていてもしかたないと思い知らせてやるわけだ。
するとこの宝石がどんな精霊の子かよくわかるんだよ。
ルートビィヒ・ティーク「ルーネンベルク」より
オパール
「それはまるで赤や緑や青や様々の火が烈しく戦争をして、地雷火をかけたり、
のろしを上げたり、またいなずまが閃いたり、光の血が流れたり、
そうかと思うと水色の焔が玉の全体をパッと占領して、今度はひなげしの花や、
黄色のチュウリップ、薔薇やほたるかずらなどが、一面風にゆらいだりしているように
見えるのです」
宮沢賢治「貝の火」より
白色半透明の生地に赤や緑のほむらがたつ、まるでこれは雨上がりの虹の色。
事実オパールは水のなかからできた石で、成分に水を持つ、水の流転の結晶。
そして、その水が枯れるとオパールは白く濁ってただの石になってしまう。
花火と同じそのはかなさに魅力を感じるのは、はたして僕だけだろうか・・・。
この石はひがし方便山のぜっ頂にあるのだ。
しかし容易なことではとれはしない。運がよければ磁石力のある石を得るし、
運がわるいと、二十も三十もひろった石がまるでただの石のことがある。
二人は夢中になって、あるいはひろい、あるいはかなづちをもって、
土地の底にかくれている岩角をかきとりました。
方便山のおそろしい磁石力は、私どもすらひきつけているのでした。
国木田独歩「山の力」より
とりとめのない文章になりました。
花火の色に従来の赤や緑ではなく、鉱物質の透明性を表現したいとかねてから
思っていました。言葉で何色といってもイメージが伝わらないので、写真と文章
で描写したわけです。鉱物は大地の花。自然が気の遠くなるような年月をかけて
造り出したもの。はたして花火でどこまで表現できるでしょうか。
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